ICANの歴史(発展経緯) 
少しづつ仲間が増え、できること(I can)が広がっています!

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

2003





 ミンダナオ里親支援(パートナーL&L)          
  試行   L&L設立  ソーシャルワーカー雇用   
L&L法人化  少額貸付  職業訓練
  1名  13名  26名    50名    62名     80名     100名    120名    135名    150名
 ミンダナオ給食支援(現地小学校)
  FES一校で開始   栄養不良児の減少   BES,SMESへ拡大(370名)    5校へ拡大




 パヤタス医療支援 (SALTとの共同事業→自主事業)
  ・ヘルスワーカー育成               ・地域医療ネットワーク作り
  ・住民薬局、無料診療、乳幼児栄養改善 → +感染症予防、保健衛生WS、健康診断
  パヤタス職業訓練支援(自主事業)
    指導員 → 技術 → 作業所 → 周辺住民への技術指導
     育成     訓練    開設     リーダーシップ研修



 ストリートチルドレンのための奨学金支援(マニラ)
                       SCWSC解散のためサンイシロでの支援に統合(00年3月)
 サンイシロ山村教育支援
 SCWSCとの共同で開始 → 単独事業化
  先住民組織の強化、奨学金、プレスクール支援、果樹木植林

国内活動

国際
理解
 カードキャンペーン('94.12〜)                      写真展、国際理解講座   
 物資輸送(文房具)('94.10〜)           学校訪問授業  6校8回       

フェア
トレード
その他

チャリティバザー(97年2回、99年1回)
 スタディツアー(00年3回、01年4回)

運営
   <情報共有ツール>
    情報共有用MLの立上げ
→ マニラスタッフ雇用 事務局スタッフ雇用
    事務局開設  NPO法人化(00.07)
     運営用MLの立上げ
   MLを使ったボランティア(翻訳,広報,訪問)
→ MLでの理事会(NPO法人化)
   事業別掲示版&メルマガ

会員数

15名

30名

70名

100名

130名

160名

190名

220名

230名

250名

当期収入

12万円

48万円

76万円

190万円

220万円

480万円

800万円

1000万円

1200万円

1410万円


<詳細>


2003年

<スタディツアー 3回>

第12回 7月25〜31日5名参加。

第13回 8月22〜28日12名参加。

第14回 8月22〜28日12名参加。

<学校訪問 12回>

1月 佐布里小学校

5月 豊川高校、東海高校

6月 光ヶ丘高校

7月 豊川中学、光ヶ丘高校

7月 サマーセミナー

10月 光ヶ丘高校

11月 光ヶ丘高校、神戸小学校

12月 日赤医療短大


2002年

<スタディツアー 2回>

第10回 7月25〜31日5名参加。

第11回 8月22〜28日12名参加。

<学校訪問 12回>

3月 高蔵高校

6月 犬山中学

9月 山田東中学、丸の内中学、小坂井高校

10月 藤枝女子高校、森孝中学、白子高校、菊里高校、豊明中央小学校

11月 安城南高校、日本赤十字短大

<フェアトレード商品>

名古屋西高校、長生高校JRC部、名古屋外国語大学、
高蔵高校、向陽高校、亀山高校、都立国際高校、
豊明中央小学校、童子山小学校、愛知大学CCC


2001年12月 税理士が監事に就任することが決まる。

2001年 9 〜12月 犬山中、亀山高、六反小、新郊中、南山高女子部などで、総合学習に協力。

2001年 8月 パヤタス訓練作業所で選挙。住民団体の組織作りが進む。

2001年 7〜8月 スタディツアー第7回、第8回、第9回(パヤタス)。ミンダナオ訪問は世情不安定のため、中止。

2001年 7月 国際ボランティア貯金の寄附金の配分金を受ける(2年目)。

2001年 3月 ミンダナオ訪問(龍田、松岡、西島、他1名)。

2001年 2〜3月 スタディツアー第4回、第5回、第6回(サンイシロ、パヤタス)。

2001年 2月 初めての青色申告。

2001年 1月 NPOフェスタで、児童労働ワークショップ。

以後、愛知国際交流フェスティバル(6月)、サマーセミナー(7月)、地球市民フェスタ(10月)等でワークショップ開催。

2001年 1月 事務局専従スタッフの雇用(松岡亜湖)。


2000年11月 一色中学での勉強会に協力(国際理解T)。

2000年10月 パヤタス作業所作製品を扱うフェアトレードチームが発足。

2000年 9月 事務局有給スタッフが松岡亜湖に交替。

2000年 8月 パヤタス訪問(龍田)。

緊急支援終了後のパヤタス支援について話し合う。

パヤタスで、第一回職業訓練ワークショップを開催。ぬいぐるみのくまなどを実習。

2000年 8月 写真展「生きていくために」を開催。(以後、写真の貸し出しを実施。)

2000年 7月25日 特定非営利活動法人 アジア日本相互交流センター として登記。(認証は7月13日。)

2000年 7月 第3回スタディツアー(被災直後のパヤタス訪問)

2000年 7月 パヤタスのゴミ山大崩落災害発生。→ 緊急支援、緊急募金を実施。

緊急支援のボランティアとして3ヶ月滞在(宮地さん)。

2000年 7月 国際ボランティア貯金の寄附金の配分金を受ける。

2000年 4月 国際理解(児童労働)ワーキングチーム発足。

2000年 4月 ミンダナオ訪問(馬場、伊藤)。

給食支援校を1校→3校に拡大を決定。

2000年 3月 SCWSC解散に伴い、奨学金支援を終了。サンイシロでの支援を単独で継続。

2000年 3月 第2回スタディツアー(パヤタス訪問)

2000年 3月 パヤタス訪問(早川)。

写真家と写真展についてのミーティング。

名古屋の事務所スペースを拡大。(小部屋を2団体で共有)

2000年 2月 第1回スタディツアー(サンシイロ、パヤタス訪問)

2000年 2月 特定非営利活動法人化のための設立総会。

2000年 1月 事務局有給スタッフとして佐藤美保を採用(週2日アルバイト)。 → 事務所を月、水、土の週3日OPEN。

 マニラ、パヤタス、ミンダナオ訪問(龍田、伊藤)。


1999年 11月 第3回チャリティバザー(サンイシロ支援) 名古屋市中区東輪寺にて。

1999年 11月 マニラでスタッフミーティング(龍田、伊藤、望月)。

今後のサンイシロの支援、パヤタスでの職業訓練に関するミーティング。

SCWSCおよびサンイシロの先住民団体「MASAKA」とのミーティング。

1999年 10月 パヤタスで職業訓練のための住民技術指導員の育成を開始。

1999年 8月 この頃より、名古屋事務局の活動が週1日(土曜日)となる。

1999年 5月 マニラ専従スタッフとして、伊藤洋子を採用。主に、パヤタス、サンシイロの事業を担当。

現地滞在インターンとして、望月さんを受け入れ。SCWSC事務所に1年間滞在し、
サンイシロの調査を担当。月1回程度、サンイシロを訪問。

1999年 4月 NPOプラザなごや内インキュベートオフィスに事務所を開設。

文房具の受付が常時に変更。

1999年 1月 パヤタス、ミンダナオ、サンイシロ訪問(龍田、熊井)。

SCWSCとの間で、サンイシロでの事業協力を決定。


1998年 11月 里親支援のためのアンケート実施 (ハイスクールまでの支援を決定)。

1998年 10月 翻訳ボランティアのコーディネーター制、始まる(担当、和田)。

1998年 6月 里親支援 対象者 60名に。

1998年 3月 マニラ、パヤタス、ミンダナオ訪問(龍田、早川、他1名)。

ミンダナオの給食事業の責任団体(パートナー)を学校に変更。

ミンダナオの給食支援の担当者が決まる。(担当、馬場)。


1997年 11月 第2回チャリティバザー(奨学金、物資輸送) 名古屋市中区東輪寺にて。

1997年 7月 パヤタスでSALTと共同で医療支援を開始。

1997年 6月 里親支援 対象者 50名に。

1997年 3月 マニラ、パヤタス、ミンダナオ訪問(龍田)。

パヤタスでSALTとの間で、医療支援に関するミーティングを行う。

物資輸送でトラブル発生。衣類を没収される。以後、衣類の送付を中止。

 ( → 文房具の送付は継続。)

1997年 2月 第1回給食支援のためのチャリティバザー 名古屋市中区東輪寺にて。

1997年 1月 作業ボランティア、翻訳ボランティアの募集開始。


1996年11月 給食支援でトラブル発生! L&LとFESの対立で一時給食が停止。

小笠原さん再訪問による調整で、仲裁。給食支援、継続に。

1996年10月 津島北小PTAさんとミンダナオへ物資(衣類、文房具)を送るキャンペーンを実施。

1996年 9月 テレカ(未使用、使用済)集めを開始。

1996年 6月 給食支援の開始。(ミンダナオ、FES、80名)。 L&Lが調理、給仕を担当。

里親支援 対象者 26名に。

1996年 3月 長靴キャンペーン。靴をパヤタスに送付。

1996年 1月 マニラ、パヤタス、ミンダナオ訪問(龍田、小笠原)。

ミンダナオでフォゴルガボン小学校(FES)訪問、給食事業に関するミーティング実施。

ミンダナオでL&Lとのスタッフミーティング実施、里親支援に関する取り決めを行う。

パヤタスでスカベンジャーとミーティング、長靴を送る取り決めを行う。


1995年12月 会報創刊号を発行(以後、年4回のペースで発行)

1995年11月 クリスマスカードをストリートチルドレンやミンダナオに送付(以後、毎年、7、11月に実施)

1995年 9月 物資輸送キャンペーン

1995年 7月 メッセージカードをストリートチルドレンやミンダナオに送付

ホームページを開設!

1995年 6月 里親支援 対象者 13名に。

1995年 3月 物資輸送キャンペーン

1995年 1月 里親、奨学金会員の公募を開始。


1994年11月 クリスマスカードをストリートチルドレンに送付(第一回カードキャンペーン)

1994年10月 衣類、文房具をミンダナオへ送付(第一回物資輸送キャンペーン)

1994年8月 マニラ訪問(龍田)

SCWSCと、ストリートチルドレンのための奨学金支援を開始。 

Love and Life(L&L)の創設者と、L&Lの設立および里親支援に関するミーティングを行う。
里親支援の試行を開始。

パソコン通信を使った情報発信を開始。

1994年4月  会員5名、資金5万円で、アジア日本相互交流センター ICAN 発足